由井秀子ソプラノリサイタル

萬谷の女将さんから電話が来て、近々講演をするので、その題材の1つで佐藤泰太朗を取り上げたいとのこと。私の知っている内容を話しに、久しぶりにお邪魔した。必要な話だけをちゃっちゃと終わらせることは出来ず、酒田の日和山の松の木から歴史、世界の問題にと取り留めもなく広がって、4時間も話してた。

松の木と言うのは、戦時中に女学生だった萬谷さんが、動員で松の木に傷を付けて松ヤニを集めた話。手間暇掛けて集めた松ヤニは、戦闘機の燃料にする物だったが、そんな物資のない時代に、戦局はシンガポール陥落と大本営は勇ましく、酒田でも提灯行列を行っていた。言っている事とやっている事が違うのじゃないかと若いなりに気がついた。それを口に出すと特高警察が目を光らせる。そんな中、ある人に会いに行けばと誘われた先に、石原完爾がいた。若い娘にでも判るように「この戦争は負ける。」と話してくれたと言う。今だから話せるけど、当時にそんな会合に出る勇気は大変な物だ。

戦時中の事は、私も知らない。中町に数百人収容の捕虜収容所があったこと、そこの所長さんは優しい人だったこと。樺太からの引き揚げ者用の共同住宅は酒田に3箇所あって、現在も残っているのは妙法寺さんの近くだと言うこと。戦争の切っ掛けは、石油などの経済封鎖で、仕掛けられたようなもの。戦後は教育で日本は卑しめられたこと。現在の若者はそれを知らない。戦争の相手さえ知らない。これではいけない。何とか日本人の歴史や心を取り戻さねばならないと、ここまで広がって時間切れになった。

女将さんはその他、特許を取った綺麗なコンパクトな仏壇の話から、可愛い孫と曾孫の話、それと自分の3番目の妹のリサイタルの話が出た。画像はそのリサイタルのチラシで、会場が東京なので、なかなか行けないだろうけどと言いつつ、私がネットに載せる約束をした。

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