植木等 これで日本も安心だ!他

植木等 これで日本も安心だ!

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だまって俺について来い/植木等

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クレイジーキャッツ ホンダラ行進曲

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1960年代と言えば、まさに「追いつき追い越せ」の高度成長真っ盛りの時代・・・。
組織にがんじがらめにされ、働き蜂を強いられたサラリーマン達は、そのサラリーマンを「気楽な稼業ときたもんだ!」と言い切り、そんな無責任さを売り物としながらも、あっという間に欲しいもの手に入れて行く植木等さん演じる主人公に、自分たちにはないものを見出し、そして喝采を浴びせました。
高度成長によってうるおい、「坂の上の雲」を目指そうとしながらも、その歯車としての我が身のうっとうしさを、植木等さんが追い払ってくれたからでしょうか。

そう言えば、 あの頃は政治状況も安定していましたね。
池田首相は喉頭がんのため、4年4カ月余で政権を去ったものの、あとを継いだ佐藤首相はそれから7年8カ月の長期政権でしたから、・・・つまり、12年間に政権交代は1回しかなかったわけです。

多分、そういう時代であったからこそ、無責任男は逆に新鮮さを持って受け止められたのかも知れません。

それから紆余曲折の後、我が国は再びあの時代を彷彿させる時代に突入仕掛けました。
そうです、小泉政権時です。
政権は5年半続き、それも退陣まで高支持率を維持するという、かつてない良い状況下で安倍政権と交代し、これで安倍政権が長期政権になれば、池田、佐藤時代と酷似する時代として歴史に位置づけられるいたかもしれませんでした。

しかし、そんな期待もあっという間に打ち砕かれてしまいます。

「美しい国づくり」と「戦後レジームからの脱却」をスローガンに颯爽と登場した安倍内閣でしたが、政策・人事ですぐボロを出してしまったのです。
政策面での失敗の筆頭は、やはり、2005年(平成17年)の郵政国会において郵政民営化法案に造反し党を除名された議員を復党させたことでしょうか、これにより支持率は急落しました。
また、首相官邸で活動する首相補佐官を従来の2名から5名に増員し、日本版NSCのたたき台となる国家安全保障に関する官邸機能強化会議を設け、首相官邸機能を大統領制的に強化しようとしましたが、同じく首相と所管大臣たちとの関係を取り結ぶ内閣官房長官・内閣官房副長官4名と首相補佐官5名との分担関係が逆に不明朗なものとなり、これも失敗。

人事ではメディアから、「論功行賞内閣」あるいは「お友達内閣」などと揶揄されたように総裁選で自身を支持した議員を優遇、俗に言う「身体検査」を無視し組閣したのでしたが、これが後に、多くの閣僚不祥事・失言と発展します。
結果、2007年(平成19年)7月29日の第21回参議院議員通常選挙において、政権与党の自由民主党・公明党は共に歴史的惨敗、
安倍首相は「出直し」を誓い、内閣を改造し仕切り直しをしようとしましたが、これも30日で終焉、突然の退任劇となります。
以後、福田、麻生と続いた政権は俗に「三馬鹿政権」と呼ばれ、とうとう、民主党に政権を奪われてしまいます。

その民主党政権も、政権奪取の立役者である小沢氏をアッサリ切り捨て、鳩山・菅・野田と政権を交代させるも自滅、再び自公政権に戻ります。

しかし、ここが日本人の悪いクセ、いかに民主党政権が未熟であったにせよ、いったんは切り捨てた自公政権を勝たせすぎました。
まぁ、政治文化が根付いていない国民も未熟だったのでしょうね。

2/3以上の議席を得た自公は、前回惨敗の反省なく、またまた三馬鹿の二人を担ぎだしてしまいます。

そして、今・・・

お断りしておきますが三馬鹿というのは一国の宰相としての資質という意味で、決して人としてどうこうという意味ではありませんので念のため。(笑)

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