吉祥草寺7

当、茅原山吉祥草寺は、修験道の開祖「役ノ行者神変大菩薩御誕生(六三四年)の霊地にして、第三十四代舒明天皇の創建、役小角の開基なり。」
(続日本紀・大和図会などに詳しい。)
当時、東西四キロ、南北五キロの境内には、本寺末寺四十九院を整え、茅原山金剛寿院吉祥草寺と勅称され、歴代天皇の祈願所として隆盛を極めたが、六七〇年・一三四九年の二度にわたり諸堂を焼失した。
現存の本堂は一三九六年に再建されたものであり、現在講堂に安置される像は、これらの難を免れた佛たちで、本堂には、本尊五大明王・祖師堂には、役行者自作の三十二歳像と行者の母君(白専女)像、観音堂には、母君本地の千手観音が安置される。
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