茨木の千提寺にある、キリシタン博物館までジョグ 寒~♬


【画像】茨木の千提寺にあるキリシタン博物館に隣接する東家
今日はここを目指して山中の自然道を走ってきた。
スペイン出身の歴史上の重要人物であるフランシスコ・ザビエルの肖像画を、スペイン巡礼の前にどうしても一度は拝んでおきたくて、、、以前からキリシタン博物館までジョグすることに興味はあったが、、、機が熟した、ということで『いま行くべし!』という気になったので、はるばる行ってきた。もちろんジョグで。。
卒業判定にかかわる重要な試験群は、これからも引き続いて受けなければならないが、、とりま『ひとつの山は過ぎた・・・・』ということで、今は大きな解放感をエンジョイする日々だ。
いまはひと段落して早速購入したプレステ4のゲームソフトAssasin’s Creed Originsにハマっているが、、、

このところは試験勉強で机に向かう日々が続いていたせいで運動不足もあったので、また、、何よりも、“サンチアゴ巡礼”に備えての体力づくりを出来るだけ頑張っておきたかったので、、、、、『とりあえず走れ!!』とばかりにロング・ジョグへ出掛けた。。
本日は“古代エジプトでの散策”・・・・・・つまりAssasin’s Creed Originsをプレイするのはひとまず置いておき・・・・・寒い中、半袖半パンで家を飛び出してきたってワケ。。

このあたりはかつて、隠れキリシタンが多く住む村であった。豊臣秀吉と徳川家康によるバテレン禁止令に続く江戸時代はずっと、キリシタンにとっては迫害の辛い時代であった。
ここ千提寺における隠れキリシタン達は、、、、表向きは曹洞宗でありながら、その実、隠れてキリスト教を崇拝し続けた。何世代にもわたって、隠密ながら、しかし脈々とその信仰が受け継がれた。

大正8年になって、、ようやくベールに包まれたキリシタンたちの“謎めいた歴史”が白日のもとにさらされることになるが、、、、、
大正8年当時、、この辺りの山奥では、まだまだ隠れて信仰を続けていた千提寺一円のキリシタンであったが、、、どうやら、とっくの昔ににキリシタン迫害の時代が終わっていたにもかかわらず、決してキリスト信仰であることを明かさないで、頑固に秘密裏に隠し続けていたようだ。

当時、ある熱心な学者が、ちょっとした情報を手掛かりにして、ある農家のヒマそうなお爺さんをしつこくしつこく説き伏せて、、、ようやく、その一家に代々伝わるという口外厳禁の言い伝え、、つまり『開かずのヒツギ』についての情報を引き出すことに成功した。。
このくだりについては、キリシタン博物館内で放映されていたドキュメンタリ・フィルムの中に引用されていた古~い昭和40年代風の映像のなかで、本人が得意げに思い出を振り返っているシーンがあり、貴重で面白かった・・・・・・・・・

学者がいう“ヒマそうなお爺さん”こそが、まさに“東家の方で、、千提寺の隠れキリシタンたちの秘密”を握るキーパーソンだったようだ。
そして禁断の『開かずのヒツギ』の中に、、例のザビエルの肖像画をはじめとする、数点の貴重な隠れキリシタン遺物が眠っていた。
その後相次いで、中谷家や大神家など、近隣の家々からも、貴重な隠れキリシタンの遺物の数々が見つかった・・・・・・
それらはいずれもが天井裏に隠されていたり、跡取りの長男だけが言い伝えを聞かされるなど、、、実に巧妙な仕掛けがされており、、、一族がキリシタンであると決してバレないように工夫されていた。

こうして隠れキリシタンが、いよいよ白日の下に晒されて、、“隠れ”じゃなくなってしまったわけで、、、、

結局、この大正8年当時の東家と中谷家におられた3名が『最後の隠れキリシタン』として認定されていた。
江戸のキリシタン迫害の時代がとっくの昔に終わっていてもなお、厳密に“一族の秘密”を守ろうとしていた彼らに不思議な感じもするが・・・・・・・・・
なにしろあれだけ山奥に位置する場所で、、しかも、都市部とのつながりが、唯一細い山道だけだったことを加味してみると、、、、
情報が閉ざされた世界にあっては、すべてがその狭く小さな世界の中で完結していて、、何の問題もなく“秘密”が受け継がれていたのだろうな、、、、と、、少しは納得できそうな気がする。。

・・・・・・・・ただし、そんな謎めいて閉鎖的な雰囲気も、、いま、、時代の変化とともに急激に変わろうとしている・・・・・・・

【画像】供用使用の開始日が2017年12月10日となっている、新名神高速道路の茨木千提寺パーキングエリア。開業までもうすぐか・・・・・

もう何年にもわたって大規模な工事が続いてきた新名神高速道路の工事であるが、、、いよいよ開業時期が近づいてきたようだ。
この千提寺パーキングエリアは、、それこそ“隠れキリシタンの村”のすぐ近くをズドーン!と派手にブチ抜いて作られた新名神高速道路にある。インターチェンジも併設していることから、、、千提寺あたりの車の往来は激しくなり、、、いままでは超ド田舎であった山奥一帯が、、物流拠点として一度に開かれて騒がしくなることだろう。。

もはや『隠れキリシタンの村』なんてものは想像しにくくなろうとしている。
イメージすらも失われ、、、『昔々、、確かにここにあった・・・・』という感じに、将来は既成事実としてだけ認知されることになりそうだ。 
     ・・・・・・・・あたかも別世界での出来事であったかのように・・・・・・・・

いよいよ“隠れキリシタン村”のリアリティが薄れていき・・・・・
まるで、歴史の中の“味気ない、いちページ”として加わろうとしているかのようだ・・・・・・・
博物館の館長は、、、のんびりしたところがいい、、、とおっしゃっておられてたが、、、、最早かなうまい。 近代型の産業が入り込むとは、そういうことだ。

私の願いとしては、せめて、、、あのあたりの棚田の風景くらいは、、、一切手を付けずに残しておいて欲しい。心象に浮かぶ日本の原風景とは、まさにあのあたりの、かけがえのない、のどかで美しいものだから。 
たとえ“隠れキリシタン村”はムリだとしても、せめて日本人としてのアイデンティティくらいは残すべし。

【画像】千提寺から、もう少し北方の忍頂寺向こうにある“見山の郷”にて昼食
半袖半パンで凍えながら、野外に持ち出して、駐車場のベンチで食べた。
山野草のてんぷら、、おから、、豆乳チーズケーキ、、桜餅、、、
野趣溢れていて、、それはそれはウマかった~!!
かつて、たま~にここを車で訪問したときには、その素朴な味わいに毎度毎度、魅了されてきたが、、今後はジョグの折り返し地点に設定するのも楽しいね!! 
“キリシタン自然歩道”を走るついでに、美味しい空気の中でウマいものを頂く・・・・・・走ってきて空腹で、そりゃあ極上の味わいに決まってるやん!!

【画像】縄文カフェ“まだま村”
千提寺をあとにするとき、、その竪穴式住居を模して造られた外観に吸い寄せられて行ってみた(入店はしていない)。
山奥に位置していて、隠れ家的な魅力と、なんといってもこの外観!評判もいいようだし、ぜひとも一度訪問してみても良いかもな・・・・・・・<!–

–>

Related posts:

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

ˆ Back To Top