小説「社長、ちょっと待って下さい!」(203)フランス(1)

 渡辺社長は、パリ・オルリー空港の税関を何の問題もなく通過した。
 ところが、タクシー運転手のような角帽をかぶった背の低い、無表情な税関吏はボクを止めて、旅行バッグを全開させた。
 
 職務に忠実なこの男にとって、ボクのような若い日本人は秘かに陰謀を図るテロリストの片割れに違いなかった。
 乱雑に詰め込まれたバッグの中には、たいしたものが入っていないことは一目瞭然だった。
 
 彼が期待するカラシニコフ機関銃はおろか、ピストルや手榴弾、ナイフですら入っていない。
 それでも係官は執念深く一点一点チェックした。
 目指すものが発見されないとなると、職務に没頭する彼の姿勢が急速に萎えた。

 しかし、大パリの玄関口を守る誇り高き国家の役人としては、簡単に自分の目が節穴だったという屈辱を認めるわけにはいかない。
 
 くすんだ色の大き目な封筒、図面など嵩張る資料を入れる封筒を見つけると、それを開けろ!と目で促した。
 税関吏の目にふたたび精気の炎が蘇った。

 やばい、この封筒にはスエーデンで仕入れた<アレ>が入っているのだ。
 
 この旅行が決まって、ボクはH精機のF技師に挨拶に行った。
 普段はボクのような出入り業者の、しかも若僧には目もくれない彼が、<スエーデン>と聞くと態度が変わった。
「スエーデンへ行くの? だったら頼まれてくれないかな」
 彼はボクを会議室に引き込んで言った。
「例の<アレ>を買ってきてほしいんだ・・・」
 スエーデンのおみやげと言えば、日本では手に入らないそのものずばりの<アレ>が定番だった。
 猪熊課長からも頼まれていた。

 開けられた封筒からストックホルムで購入した<アレ>が現れた。         
 
 ・・・こんなものを偉大な文化都市パリに持ち込んでもらっては困る。没収する!・・・
 とでも言っているのだろうか。
 税関吏は不潔なものを扱うように放り出すと、フランス語でまくしたてている。

 しかし、簡単に没収されるわけにはいかない。
 下手な英語で応じるが通じない。
 ガラス越しに、心配そうにこの光景を見つめる渡辺社長の顏が見えた。
 ・・・ああ、あきらめざるを得ないのか・・・
 その時後ろにいた中年の日本人が何事か税関吏にフランス語で話しかけた。

 ボクは急に力を得て、思い切ってその紳士にお願いしてみた。
「どうしてもというなら、ここへお預けしますから、預かり証を書いていただくようお願いしてくれませんか。決してパリで売りさばくなどお国へ悪影響を及ぼすのが目的ではありません。あくまでも私用のものですから・・・」と。
 中年の品の良い日本人は苦笑しながらフランス語に通訳してくれた。

 ついに頑なな役人も、大手を空に上げ、どうでもしろと解放してくれた。

 ─続く─

<!–

–>

Related posts:

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

ˆ Back To Top